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ケルト民族の影響を受けたハロウィン

キリスト教徒とケルト民族の文化の影響を受けているハロウィンですが、ここで、ケルト民族とはいったい何という疑問が生じるかと思いますので、これからまとめていきたいと思います。
ハロウィンは、ケルトなしには、語れない文化であり、祝祭なのですが、多くの人はケルトのことをほとんど理解できていないので、是非このハロウィン衣装を着て仮装したりする機会にケルト文化について理科を深めて、興味を持ってもらえればと感じます。よりハロウィンが大好きになり、同時に文化も知ることができ、教養も深まり、ひょっとすると、スコットランドやアイルランドに旅行に行きたくなるかもしれません。

面白いことに、日本の教科書には、”ケルト”という言葉が2回しか出てきません。なのでケルトのイメージが全く湧くはずがないのは無理がありません。ただ、「ケルト」といえば、ミステリアスな雰囲気やイメージが多く、同時に多くの魅力もあります。例えば、石に掘られた曲線の絡まる文様や精霊信仰などは一例になります。

高校の教科書を見てみると、ケルトという言葉が出てくるのは、2回ですが、一度目は、カエサルがガリア(今のフランス・ベルギー地方)に遠征した「この地のケルト人を平定した」とかかれているだけです。そして、2度目は、「アルプス以北のヨーロッパには、前6世紀ころからケルト民族が拡がっていたが、ゲルマン民族は彼らを圧迫しながら四方に広がった」(山川出版の世界史B詳説から)だけなのです。両方とも、主語レベルでの扱いではなく、ヨーロッパ大陸を席巻することになる別の民族を中心にした章に、引き立て役として、ほんの一瞬出てくる程度です。

カエサルが代表する場所のローマやゲルマン民族は、共に現代にいたるまで、世界に影響を与えてきた国であるのは間違いないが、その陰には、教科書に書かれていないケルト民族の魅力が知られないままになってしまっている。ケルト民族の歴史や起源や宗教や生活などを次回にまとめていきます。

ケルト民族のアニミズム的な習俗が見えてくると、ハロウィンの仮装が時代を超えて、自然な流れで受け入れられます。現在の商業的ハロウィンイベントと同時に歴史のあるハロウィンを2つ見ることができると感慨深くなります。

ハッピーハロウィン!

ハロウィンの祝祭の根源

ハロウィンの祝祭を始め、中世ヨーロッパの有名な祭りの多くは、一見すれば、ほとんどキリスト教にまつわる祝祭となっています。

しかしながら、そのルーツを調べてみると、面白いことに、キリスト教以前のアニミズム的な習俗(すべての存在するものに霊魂が宿っているという視点)が基盤となっていることが明らかであり、それは、キリスト教とそれ以前の古代の習俗の間に、長い葛藤と融合の歴史があったことをものがたっています。このことを認識するだけで、ハロウィンのイベントの位置づけやあらゆる祝祭の位置づけが明確になり、ハロウィンに対しての理解や認識が容易になり、深く理解できます。

わかりやすい例として挙げると、ハロウィンのシーズンの後のキリスト教最大の重要なクリスマスの祝祭として、主イエス・キリスト生誕を祝いますが、このルーツは、ヨーロッパ各地の冬至祭に認められます。まず、キリスト教伝播以前の古代ローマ帝国時代では、太陽信仰が盛んであり、それに由来するサトゥルナリア祭が祝われていました。大地をつかさどる農耕神であるサトゥルヌスは、「死の太陽」といわれ、「夏の太陽」との対極に位置づけれていました。古代ローマでは、この神をなだめ、春の再来を祝サトゥルナリア祭が、太陽の一番弱くなる冬至かその直前の「17日から23日までの7日間(フレーザー)」において行われていました。その祭に、生贄が大地に捧げられ、「死の太陽」の復活が祈願されましたが、この古代の冬至祭は、民衆の最大の祭りでした。そして、サトゥルナリア祭は、やがて復活祭前のカーニバルに移動されて、クリスマスとルーツを共有することになります。

以上のように、太陽は、万物の生命力の根源であるので、古代のアニミズムでは、信仰の中止をなしていました。また古代のインド生まれで、ペルシアから古代ローマへ流入したミトラ教も、典型的な太陽信仰が盛んな宗教でした。これは、紀元前の4世紀ごろまで、ローマの国教として人々に大きな信頼をえて過ごしていました。ミトラ教も12月25日の冬至を太陽再生の日として、祝日にしていたことは、太陽信仰からみれば、当然でのことでした。

このような、太陽信仰によるものや中国の二十四節気の冬至12月22日、秋分の日9月23日、夏至6月21日、春分の日3月21日という日が、より意味を持っていることが分かります。
現代のように、季節を10月31日のハロウィンや12月25日のクリスマスとして認識すると、その祝祭とのつながりの意味や歴史など本質を見逃してしまいますが、季節の節目ごとに大きな祝祭が行われるという視点だと、古代から中世までの祝祭と伴った生活が実際に見えてくる気がします。

さらに、ハロウィン衣装で仮面をつけたり、仮装したりする意味も由来や歴史を見ることでつながりが見えてきます。ハロウィンの祝祭を紐解いて、分解すると、一つ一つにそれぞれ意味があることがわかり、大変面白く、興味深く感じます。ハロウィンの仮装に関係してくる仮面の歴史についてもこれから更新していきたいと思います。

ハロウィンの夜の占い(木の実割り)

中世での有名なハロウィンの夜に行われる一つの占いとして、
木の実割りの占いは、たいそう普及しているもので、
ハロウィーンそのものも、ナットクラック・ナイト(木の実割の夜)
と呼ばれるものです。

木の実割りは、2つの方法で行われ、暖炉のある家の小さな集まりでは、
結婚を間近に控えた、若い男性か女性が、真っ赤な残り火の中に2つの
丸いままのクルミかヘーゼルナッツを入れます。

2,3分後に、熱くなった実の殻がはじけます。
もし、片方か、あるいは、両方の木の実が大きな音で割れたら、
それは見込みがある愛の証なのです。
もしも、木の実がただ燃えてしまったら、その愛は、つかの間に炎として
燃え上がり、すぐに消えるでしょう。

一組の男女が木の実を見守っている間に、
一つの詩が吟唱されます。

もし、あの方が私を愛しているのなら、
はねて、とんでおくれ。
もし、あの方が私をお気に召さないのなら、横になって死んでおくれ。

大きなハロウィンの集まりでは、木の実割りはテーブルのゲームです。
くるみ割りを使い、男女の客人のそれぞれの組が、自分たちの未来を予言するために、
木の実を割ります。実を取り出す間に、もし殻の半分以上がそのままの形で残れば、
その愛は完全で真実なもの。もし殻の半分以上が粉々に砕けたならば、
その愛情も同じようにももろくはかないのです。

いつの時代も真実の愛なのかどうかを、男女は知りたくて、
本物かの確信が欲しいために、占いがされました。
現代と違って、携帯やメールで連絡を取ることが頻繁にできない時は、
自然なものの中に宿る力を信じて、占いをしていたのですね。

ハロウィンのジャック・オ・ランタンとかがり火

灯火は、ハロウィンに欠かせない存在であり、
ハロウィンの広間の飾りとして最も重要とされるものです。

炎のというものの定義は、
【良き霊を迎え、悪霊が近づくことを防ぎ、追い払うもの】として
考えらえれていて、どのテーブルもカボチャを切り抜いてロウソクで照らす
ジャック・オ・ランタンを飾り付けます。

また、ジャック・オ・ランタンの民間伝承では、
カボチャの灯火が煉獄を彷徨うジャックの魂の導き役のシンボルになっています。

このような民間伝承があります。

昔々、アイルランドにジャックという性悪な男がいました。生前の行いの悪さゆえに、
死後にも受け入れてもらえなかったジャックに、さすがの悪魔も同情したのか、
地獄の業火から真っ赤に燃える石炭を一つ取り出して与えました。ジャックはそれを、
くり抜いたカブに入れて、、暗闇を照らしながら、
今もこの世とあの世の間をさまよっているそうです。

つまり、ハロウィンのランタンは、さまよえる死者の魂を導く明かりなのです。
イギリスやアイルランドでは、今もカブのランタンを飾る地域もあるそうです。
アメリカでは、株の代わりに色鮮やかかで細工がしやすい、
日持ちのするかぼちゃが使われています。

中世のバレンタインデイの2月のラブランタンと同様に、
かぶやスクオシュの中をえぐり、皮に両眼と鼻、口の形のように穴をあけます。
その中に太いロウソクを立て灯をともすと、穴を通じて光を放ちます。
よく町でも見かけますが、ランタンの口の多くは、愛想よくにっと
笑う形につくられています。たまに、険しいしかめ面もありますので、
よく観察すると面白いでしょう。

プラスティック製のカボチャランタンよりも、
実際にランタン専用のカボチャを取り寄せて、
お子様と一緒に切り抜き、作成した方が、
中世のハロウィン時代のハロウィンの再現を彷彿させて、
雰囲気が出るので、オススメです。
火には気を付けましょう。

ちなみにカボチャ製のジャック・オ・ランタンは、アメリカ発見したかなり後の
中世のヨーロッパでは、知られていませんでした。

カボチャのデザインのハロウィン衣装もたくさんあるのは、
ユニークな顔とカラーがポイントとなって、定番の仮装スタイルにもなっています。
ハロウィンに欠かせないカボチャの仮装です。

ラブ・ランタンとは、固い野菜や果物で作ったロウソク立てのことです。
ハロウィンのジャックオランタンと似ています。
当時は、収穫された食物をうまく工夫してロウソク立てを作っていました。

そして、主賓席の近くに、大きくて、明るい、中心となるような光が置かれます。
装飾は、大燭台(ロウソクを立てる台)が屋内のかがり火としての役割を果たします。

ハロウィンの意味

ハロウィン(Halloween)は、オールハローズ(All Hallows)または、オールセイントデイ(All Saint Day・万聖節)
の前夜祭にあたります。

11月1日の万聖節の教会の祝日は、すべてのキリスト教の聖人に対して敬い礼拝します。
その翌日である11月2日の万霊節(All Souls Day)では、煉獄と呼ばれる特別に待機する場所に
、魂がいまだ残っている死者すべてのために祈りが捧げられます。

改めて、人間の生と死を意識する特別な時期になっています。
日本で言えば、お盆のようなもので、あの世の霊に対して
意識を向ける時期になります。

中世のハロウィンの祭りでは、異教徒のケルト民族のサムへインの風習と、
キリスト教の聖人たちの祭りが美しく融合しています。

仮面をかぶって仮装した子供たちは、歌いながら、煉獄をさまよっている霊魂たちのために、
ソウルケーキ(Soul Cake)を乞いながら、戸口から戸口へと訪ねて歩きます。

現代のハロウィン仮装の原型となるものです。ソウリング(Souling)と呼び、
ごちそうが何も差し出されないと、物乞い人や霊たちは、いたずらをします。

現代のトリックオアトリートの楽しいやりとりの原型でもあります。
中世では、現代以上に信仰心が深く、死後の世界に対して、
恐れと希望が強かったのでしょう。
また、
この時期の厳冬の始まる季節だからこそ、乗り越えるための
気持ちを一度引き締めるという意味やケルト民族の歴による
新しく新年が始まるという意味でも
ハロウィンが貴重な祭りだったと感じます。

あの世の煉獄にいる霊魂のために、子供たちがソウリングして、
個別訪問する風習になったのは、
子供の純粋さが、煉獄にいる霊たちの解放や自由を与えることができるということに
つながっていたのかもしれないと感じます。

何事もちゃんとした理由があって、祭りになっているのだとわかると
理解がより深まります。

現在のハロウィン衣装で仮装行列をしている川崎パレードのようなイベントを見ると、
ケルト民族のソウリングを連想できます。
今の時代なのに、同時に中世の子供たちのソウリング仮装が重なって、
不思議に見えます。

ハロウィンの起源

ハロウィンの起源は、「サウィン」と呼ばれる古代ケルト人のお祭りと言われています。

古代ケルトでは、11月1日が冬の始まりで、同時に新年の初めでもあります。家畜を牧草地から小屋に戻し、冬と新しい年を迎える節目の日だったのです。当時は、日没を一日の始まりとしたので、サウィン祭は、10月31日の夜から始まりました。

そして、この夜は、異界の扉が開き、死者の霊が家族を訪ねてきたり、精霊や魔女がうろつくと信じられていました日本にお盆があるように、どこの国にも古くから、季節と結びついた死者の祭りが見られます。サウィンは、”盆と正月”を一緒にしたお祭り祭日ともいえます。

一方、キリスト教では、11月1日は、「諸聖人の祝日/万聖節」。殉教者、徳の高い信徒や奇跡を起こした、すべての聖人たちを祝う日です。パレスチナでうまれたキリスト教がヨーロッパに伝播したときに、サウィン祭は、「諸聖人の祝日前夜」としてとりこまれ、Halloweenとなったわけです。さらに古代ケルトで「送り盆」にあたる11月2日を死者のために祈りを捧げる日としました。

ハロウィンは、アメリカにわたり、今のような楽しいイベントとして定着しました。楽しいながらも不気味な印象が付きまとうのは、サウィン祭の名残なんです。日本でハロウィンの市民権を得たのは、つい最近で、東京ディズニーランドで、今やおなじみのディズニーハロウィン衣装仮装のイベントが最初に行われたのが、1997年だったのです。

ハロウィン衣装からみる日常と非日常

ハロウィンの文化を考える時、浮かぶこと。
前回も祭りの日常性と非日常性について少し書きましたが、
もう少し詳しく書いてみたいと思います。

ハロウィンがあまりに不思議でたまらないのは、陰陽を感じるからです。

まず、『日常』の概念としては、
平日、平常、節度、方向性、労働、倹約、真面目、秩序、充足、服従などがあげられます。

そして、『祝祭日』の概念としては、
異常、過度、無方向性、遊戯、浪費、不真面目、混沌、欠如、反逆などが挙げられます。

どうしても、ハロウィンの祭り、現在ではイベントやパーティーですが、
この概念を見てしまいます。特に、ハロウィン衣装の両極性を見つけてしまいます。
ゾンビと天使、魔女やドラキュラなどの陰系と牧師や聖人などの陽系などのハロウィン仮装です。

世界を理解するためには、この対照的な概念なければ、理解できないものなので、
非常に奥が深いと感じます。
反対のことをしっているからこそ、その反対が理解できるというもの。

両極を理解し、往還することで、初めて、全体的な統一感を得ることができるものです。

文化を理解するときに、裏側ともいえる視点を理解した方が、より深く納得できます。

そのような経緯からハロウィンの仮装や文化が好きになってきました。

普段は、そんなことも考えずに、ディズニーハロウィンやらUFJのハロウィーンなどの季節になると
理由もわからずにわくわくしていましたが、そういった、好奇心のある背景も感じていたのかもしれません。

ハロウィンをきっかけにして、世の中の文化を知る導入になればと思います。
不思議なハロウィンにまず、疑問をもつことからスタートですね。

ハッピー ハロウィン☆

ハロウィン仮装の起源

ハロウィンの起源はケルト民族の収穫祭から始まっています。
ケルト民族の新年と冬の始まりは11月1日に始まるので、
非常に大切な日で、サウィン祭りによって、スタートがきられるものでした。
実際にその収穫祭は前日の夜から祭りが始まるものです。

10月31日は、日本のお盆のように、あの世の霊がこの現世に戻ってくる特別な時期なのですが、
同時に悪霊も戻ってくるので、魔除けのために仮面をかぶって、焚き火をして
守っていたとされます。 ハロウィン衣装のコスプレは、仮面と同時に動物の頭や獣皮を被って、行進していたのが発祥となっています。

動物の頭や獣皮なので、当時は非常に迫力のあるものであり、
悪霊を追い払うのに十分な仮装だったのでしょう。

悪霊を驚かして追い払うことが目的だったので、
現在のような天使やディズニーなどの人気キャラクターといった
仮装は同時はなかったのは、理解できます。
なるべく恐ろしくだったのですね。

自分たちを守るというのが、原点で、
決して、自分たちがゾンビや悪霊や怪物などになるということでは
ないのです。一見、ハロウィンが不思議になってしまうのは、
この認識がないからでしょう。

ゾンビや怖い仮装をできない人は、ただ、
自分がゾンビと一体化するのが嫌なのでしょう。

仮装として、ゾンビなどの怖い衣装を『楯』にしていると
考えれば、納得します。
これを知って、ほっとした人も多いと思います。

日本では、ケルト民族のことは全くわからないし、キリスト教でも
カトリックとプロテスタントでは、
ハロウィンに対する認識もちがっていたりもするほどなので、
文化としては、理解しがたいものになっているかと思いますが、
イベントやパーティーとしては、
日本人の気質やおたく性も含めて、ハロウィンは
意外とぴったりとしているのではと考えます。

いずれにしても、ハロウィンを様々な視点を持ちつつ、
楽しめればと思います。

その国その国にハロウィンが与える意味は、違ってきますが、
必ず必要だからこそ、広まっているのだと思います。

ハッピー ハロウィン!

ハロウィンの祝祭の本質とは

ハロウィンを文化や歴史から見ると、
ハロウィンにおいて、シンボルとなるのが、生と死です。
陰と陽でもあるし、日常と非日常でもあるし、
地獄と天国でもある2極が存在してるハロウィンの祭りです。

そして、祝祭でもあり、神話もはいっているのがハロウィンです。

こういう視点でハロウィンをみると、ただのイベントパーティーでは
ないのかもしれない気がしてきます。

ハロウィンは、ケルト民族のサウィン祭とキリスト教の諸聖人の日(All hallows)
が混ざったものがハロウィンつまり、All hallowsの前日eveが
なまって,halloweenと呼ばれるようになったです。
諸聖人の日の前夜がハロウィンという意味になります。

祝祭と言えば、本質的意味で、生贄を神にささげるためにこれを殺し、
そこで生成される混沌とした状態の中で、犠牲を介して神と人、
人と人の区別が取り払われるという考え方は、
人類学やまたは、宗教学の供犠(くぎ)の理論では
そんなに格別に新しいものではない(山口昌男)

ハロウィンの背景には、このような犠牲を伴う作物と動物が存在しています。
ここに生と死が見られます。

また、ケルト民族の収穫祭は、祝祭であるカーニバルともいいますが、
カーニバルの本質は、経済や言語を含む日常的な交換体系の停止であり、
食物の極端な浪費であり、労働の必然性にかかわる遊戯の偶然性に
よって、世界を統合する特権的な無時間の状態です。
日常生活では、異端になるし、排除され、分離・孤立してしまうものです。
ここに非日常と日常が見られます。

このようなことが、現在のハロウィンにつながるとは、
当時の人は、全く想像もできなかっただろうと感じます。
商業主義がここまでハロウィンの原型を変化させるということは、
ここ最近のことで、ハロウィンがアメリカの年鑑に記述されたのが、19世紀の初めです。
最初に「諸聖人の日の前夜」という記述は1500年代が最も古い記述になります。

祝祭そのものが、非常に興味深いものに見えます。
なぜ祝祭が人間の歴史には必ず存在しているのか?
その役割はいったいなんであるのか?
調べれば調べるほど、面白くなってきます。

世の中の文化としての深層心理をみてみると、
秩序ルールなど、厳格になればなるほど、
その逆の力である無秩序と混乱が同時に
広がっていく気がします。

はけ口が必要となるのでしょう。
あるいは、均衡力が働くのでしょう。

そのハロウィンの祭りも
その両極性が影響しているのだと考えると
面白いですね。

その両極性を楽しんで
ハロウィンの仮装を楽しんでください。
天使から悪魔まである両極のハロウィン衣装です。

ハッピーハロウィン!

初めてのハロウィン仮装

ハロウィン衣装は何を着ますか?

今の自分の状態が反映されるだろう仮装の姿がその人らしくていいと思います。

意外と周りが思っている仮装と全然違っていたり、こちらの思い込みで
相手のアイデンティティーを見ているかもしれません。

天使のような童話系のハロウィン衣装を選ぶかと思っても、
ゾンビ風ナースを選んだり、相手の意外な性格を発見できる気がします。

グループでハロウィンの仮装をするのであれば、
お友達と衣装がかぶらないように確認する必要があるし、
みんなで同じ仮装をするのでなければ、目立ちたいものです。

中途半端だと気持ちも中途半端では恥ずかしい気持ちも生じます。
なので、徹底して準備して、本気度の高いイベントに参加するのは、
どうでしょうか?

ある意味、新しいことへのチャレンジかもしれません。
普段の自分を忘れるくらいそのハロウィン仮装のキャラクターに変身して、
なりきって、演じてみると、最初はなれないかもしれませんが、
徐々に演じることの面白さが経験でき、
人前でパフォーマンスすることを病みつきになるかもれませんね。

いきなり一人でパフォーマンスをするのではなく、
ハロウィンパレードなどみんなでできるので、
仮装をしやすいと思います。

仮装を始めてチャレンジして新しい自分の発見になるかもしれないので、
是非、試し気分でもよいので、実際に参加してみてください。

もちろん、本気度の低いゆるーいパーティーでも全然いいので、
仮装を是非してみてくださいね。

Happy  Halloween!